筑波大学の柳沢正史教授が、アメリカで最も権威のある医学賞の一つとされる「ラスカー賞」の基礎医学研究賞を受賞しました。2026年9月17日にニューヨークで行われた授賞式では、柳沢教授がトロフィーを受け取っています。
今回の受賞は、睡眠と覚醒を調節する脳内のたんぱく質「オレキシン」を発見し、その欠乏がナルコレプシーという睡眠障害を引き起こすことを解明した功績が認められたものです。この発見は、睡眠のメカニズムの理解を飛躍的に進め、新たな治療薬の開発へとつながったと報じられています。
「ノーベル賞の登竜門」ラスカー賞とは
アルバート・ラスカー賞は、1945年にアルバート・ラスカー夫妻によって創設された、医学および生物医学研究におけるアメリカ医学界最高の賞です。世界的にもノーベル生理学・医学賞に次ぐ名誉とみなされており、過去の受賞者の多くが後にノーベル賞を受賞していることから「ノーベル賞の登竜門」とも呼ばれています。
今回の授賞式では、柳沢教授のほかに日本から3名が受賞し、計4名の日本人が選ばれました。臨床医学研究賞では、血友病Aの治療薬「ヘムライブラ(一般名エミシズマブ)」を開発した中外製薬の服部有宏さん、井川智之さん、北沢剛久さんの3人が共同受賞しています。また、公共部門では、俳優のマイケル・J・フォックスさんが選ばれました。
日本の受賞は12年ぶりであり、複数部門を同時に受賞したのは1945年の創設以来で初めてのことだといわれています。
睡眠を操る「オレキシン」の発見と影響
柳沢教授がオレキシンを発見したのは1998年、米テキサス大学に在籍していたときのことです。当初は食欲に関わると考えられ、ギリシャ語に由来して命名されましたが、その後の研究で覚醒を安定的に保つという重要な役割が明らかになりました。
脳内でオレキシンが生成されると覚醒中枢が活性化され、目が覚めている状態が維持されます。逆にオレキシンが欠乏すると、覚醒状態が維持できなくなり、眠りに落ちることでナルコレプシーなどの過眠症が発病します。
この発見は、実際の医療現場における創薬に大きく寄与しました。2014年には、オレキシンの働きを抑えることで自然な眠りを促す睡眠薬が発売されました。このタイプの睡眠薬は、従来の薬に比べて依存性が低く、また筋肉を緩める作用がないため、夜中に起きた際の転倒や骨折のリスクが低いという特徴があるとうたわれています。
さらに、2026年7月から8月にかけては、世界初のナルコレプシー治療薬「オーゼイフル(一般名オベポレクストン)」の製造販売が日本、米国、中国で相次いで承認されました。
基礎研究へのこだわりと日本の研究環境
柳沢教授は、このオレキシン研究について「最初から目標を設定しない研究から生まれました」と振り返っています。特定の標的を定めず、結論もあらかじめ想定しない探索的な基礎研究こそが、結果として患者さんを助けるパワフルな道具(治療薬)を生み出すのだと述べています。
一方で、現代の研究環境に対する懸念も語っています。医学や生命科学の分野では、トップダウン型の資金提供が多く、それぞれの研究者が面白いアイデアを出し、互いに厳しく評価し合うボトムアップ型の研究費をもっと増やすべきだと主張しています。特に地方大学などで研究の裾野が狭くなると独創的なアイデアが出にくくなるため、科研費(科学研究費助成事業)のような仕組みの充実と、国による研究者への信頼を求めています。
「睡眠不足」という社会課題へのアプローチ
柳沢教授は、研究成果を学会の中だけに留めず、積極的にメディアで発信しています。その背景には、日本社会における睡眠への認識に対する危機感があるようです。
日本では「寝る間を惜しんで働くこと」が美徳とされる傾向にありますが、専門家が考える常識とのギャップが大きいと感じており、「睡眠がどれだけ大切かをもっと多くの人に知ってもらいたい」という思いを語っています。
また、教授が研究する「社会的時差ボケ」は深刻な影響を及ぼしているとみられています。社会的時差ボケがある状態は「酒に酔っている状態」と同じであり、オフィスで実力を十分に発揮できない原因になると指摘しています。ある報道によれば、この社会的時差ボケによる日本全体の経済損失は年間約1兆円にものぼるとされています。
柳沢教授は、休日に多く眠りたい心理は理解しつつも、「早寝遅起き」で睡眠時間の中央値をなるべく合わせて調整することを推奨しています。
睡眠を最適化するためのヒント
柳沢教授は、個人の生活においても睡眠の質を上げるための具体的な工夫を取り入れています。
まず重視しているのが「住宅性能」です。夏は暑く冬は寒い環境では良質な睡眠は取れないため、全館空調で快適な温度を保ち、センサーで温度分布まで測定しているといいます。また、夜は照明を薄暗くし、リラックスできる空間を作るため、植物に囲まれた設計を取り入れています。
さらに、午前0時から7時までを「睡眠コアタイム」と定め、これを守ることで頭脳のパフォーマンスを維持しているとのことです。睡眠が不足するとパフォーマンスがあからさまに悪くなることを自覚しており、米国への渡航による時差ぼけの状態であっても、6時間程度の睡眠を確保するようにしていると明かしています。
睡眠は単なる休息ではなく、心身の健康や学習、記憶、そして子供たちの成長において欠かせない要素です。世界的に権威のある賞を受賞した柳沢教授の研究は、睡眠という日常的な行為が、いかに個人の人生や社会全体の経済活動に深く関わっているかを改めて突きつけています。
出典 読売新聞オンライン テレビ朝日 日本経済新聞 朝日新聞 米ラスカー賞 筑波大学の柳沢正史教授に基礎医学研究賞 – 大学ジャーナルオンライン ラスカー賞授賞式 柳沢教授に基礎医学研究賞 | NEWS – 筑波大学 ラスカー賞受賞の筑波大・柳沢教授が研究する「社会的時差ボケ」とは…平日と休日の睡眠時間のズレが影響(内外タイムス)|dメニューニュース(NTTドコモ) 柳沢正史教授がラスカー賞受賞!改めて考えたい「睡眠」のこと、シルバーウィークでの休息の学びにもなる記事5選(Wedge(ウェッジ)) 柳沢正史 筑波大学教授が2026年アルバート・ラスカー基礎医学研究賞を受賞 | 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 筑波大・柳沢正史教授がラスカー賞受賞、改めて考えたい「子供の睡眠」の大切さ | 教育業界ニュース「ReseEd(リシード)」
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