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相鉄ムービルが閉館、横浜駅西口のシンボルが再開発で幕

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横浜駅西口のシンボルとして親しまれてきた複合施設「相鉄ムービル」が、2026年9月30日に閉館しました。映画館や飲食店などが集まり、長年にわたり多くの人々に利用されてきた同施設が、なぜ今幕を閉じることになったのか、その背景と閉館当日の様子について整理します。

目次

相鉄ムービルの歴史と役割

相鉄ムービルは、横浜市西区に位置する6階建ての複合施設です。1988年11月に開業し、以来37年にわたって映画や音楽などの文化発信拠点としての役割を担ってきました。

館内には映画館のほか、飲食店やライブハウスなど15店が入居していました。特に映画館は多くの利用者に親しまれ、「スクリーンが大きく客席も多く、新しい映画館にない良さがあった」と振り返る来館者がいるなど、地域に根ざした映画文化を支える存在であったと報じられています。

また、一部の報道では1971年に営業を開始した初代から数えると55年の歴史を重ねてきたとされており、半世紀以上にわたり横浜駅西口の風景の一部となっていました。

閉館の背景にある「再開発計画」

今回の閉館の主な要因は、施設の老朽化と、相鉄グループが進める大規模な再開発計画にあります。

相鉄グループは「横浜駅西口大改造構想」という再開発計画を発表しています。この計画に伴い、相鉄ムービルだけでなく、隣接する飲食店が集まる「横浜西口一番街」や、ライブハウス「1000クラブ」も同時に閉館することとなりました。

駅周辺の環境整備と機能向上のための大規模な建て替えが進む中で、長年親しまれたシンボリックな施設がその役目を終え、次なるステージへと移行する形となります。

惜しまれつつ行われた閉館セレモニー

最終日となった9月30日には、多くのファンや利用者が詰めかけ、施設との別れを惜しむ光景が見られました。

映画館では午後4時から『ニュー・シネマ・パラダイス』が最終上映され、午後6時過ぎからは閉館セレモニーが実施されました。セレモニーでは、過去の写真のスライドや来場者から寄せられたメッセージが上映されたほか、相鉄ムービルの象徴的なシーンを描くサンドアートのパフォーマンスが披露され、歴史が未来へつながるストーリーが描かれました。

壇上に上がったムービル・泉慎太郎支配人は、「ムービルの建物は役目を終えるが、ここで見た映画の感動や大切な方と過ごした時間、皆さまの思い出は決してなくならない」とあいさつを述べました。また、別の報道では「ムービルという建物は役目を終えるが、ここで見た映画の感動、大切な人と過ごした時間、皆さんの心の中でムービルが残り続けてくれることを願っている」と言葉を添えています。

記憶を形にする「壁面漫画」と今後のイベント

閉館までの期間、施設では思い出を形に残すためのユニークな取り組みが行われていました。

7月から制作が始まった壁面漫画「週刊ムービル ムビィの大活劇」は、館内の壁やガラス窓に描き継がれてきた物語です。ポップコーンから生まれたキャラクターが世界の危機に立ち向かう内容となっており、閉館日の9月30日に完結を迎えました。

この作品の企画・制作統括を務めたマンガ編集者の水野隆さんは、「ムービルがずっと映画を上映してきて1回限りの上映が心の中に残っているように、ビルの壁面は消えるが心の中に残っていってほしい」と、作品に込めた思いを語っています。

また、閉館後の10月3日(土)および4日(日)には、「Story Crossing ArtFes」というイベントが開催されます。このイベントでは、横浜にゆかりのある短編映画の上映や、館内各所でのストリートライブが行われるほか、完成した壁面漫画を観覧することができると報じられています。

長年、横浜の街に彩りを添えてきた相鉄ムービルは、物理的な建物としては消えてしまいますが、そこで過ごした時間や文化的な記憶は、再開発後の新しい街並みへと引き継がれていくことになります。

出典 神奈川新聞 産経新聞 横浜駅西口 「相鉄ムービル」閉館 再開発で37年の歴史に幕 | 戸塚区・泉区 | タウンニュース 横浜の相鉄ムービルが閉館 1988年開業、来館者が別れ惜しむ|Infoseekニュース 相鉄ムービルが閉館セレモニー 半世紀超の歴史に幕(tvkニュース(テレビ神奈川))

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